いたたた………。
目が覚めると、そこは知らない砂浜だった。
…まだ、頭がズキズキと少し痛む。
いったい、俺はここで何を……?
何故こんなところに倒れていたのか、思い出せない。
どこか、別の岩場で遊んでいたはずだけど……。
そう思ってあたりを見回しているうち、夜風がびゅうと吹き抜け、俺のむき出しの背中を強く撫でた。
さむい!!
混乱していて気づかなかったが、よく見れば俺は裸じゃないか。
本当に何一つ身にまとっていない。
……………弱点も剥き出しである。
何か、身に纏うものを探さないと……。
とりあえず少し歩いてみようと思い立ち上がると、脚に強く痛みが走り、バランスを崩してふたたび倒れ込んでしまった。
見ると、大きな傷ができている。
これも覚えていないが、岩か何かに強くぶつけてしまったのだろう…。
意を決して、もう一度立ち上がる。
別の脚でうまく庇えば、歩けないことはない。
……向こうの砂浜に、ぼんやりと明かりが見える。
仕方ない。
ひとまず、そこまで歩いていこうか。
誰か知っているヤツに会いたい。
なんとかして家に帰らなくては。
家族が心配しているに違いない。
…砂浜には動物の気配はなく、波の音だけが強く響いていた。
今日は少し波が高い。
波間にときおり跳ね上がる水しぶきが、月の光を浴びて妖精のようにきらめく。
…しばらく歩き、なんとか明かりの元まで近づいてきた。
数人の人間が、バーベキューをしている。
こちらからは火の明かりで顔が見えるが、その中には当然、知っているヤツなどいなかった。
ダメか……。
こちらはいま裸だから、近づくのはとても危険だ。
見つからないうちに早く逃げよう。
俺はアテもなく、ふたたび砂浜を歩き出す。
そうこうしているうちに、幸運にもあるものを見つけることができた。
そこに忘れていったのか、もしくは捨てていったのか。
探し求めていたものが、そっくりそのまま落ちていたのだ。
お世辞にも綺麗とは言えないが、裸よりマシだ。
早速拝借して、身に纏う。
よし、これで寒くないし、何より恥ずかしくないな。
その時、少し遠くから自分を呼ぶ声がした。
ハッとして、急いで声の方向へと向かう。
聞き馴染みのある声だ。
やっと知っているヤツに会える…!
最初は暗闇の中でぼんやりとしていたその姿も、近づくにつれて段々と輪郭がはっきりしていく。
小さな体格だが長い脚、大きくてつぶらな目。
それは見間違えるはずもなく、俺の自慢の妹だった。
「妹よ!俺はここにいるぞ!」
こちらに気づいた彼女が、今にも泣き出しそうな表情をしながら駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん…!!良かった…!」
「ごめんな。心配かけちゃっただろ。」
必死にこちらのことを探してくれたのか、少し息が荒い。
「ホントだよ!いきなり居なくなっちゃうんだから!」
そうだ。俺には確認しないといけないことがあったな。
「すまないな。ところで何故、俺は1人で砂浜なんかに倒れていたんだ?頭がぼーっとしていて、上手く思い出せないんだ。」
すると妹は、少し怒ったような素振りでこちらを向き直す。
「お兄ちゃんたら、この波の強い日に岩場の方へ1人で遊びに行っちゃったんだよ!あそこはお父さんにも入るなって言われてたところなのに!」
そうか……。
俺はそんなことを……。
どうやら、父の言いつけを守らなかったバチがあたったらしい。
波に攫われて岩場から海へ落ち、海水に揉まれながらあの砂浜へ流れ着いたということだろう。
「ありがとう。状況は分かったよ…。まぁとにかく家へ帰ろうか。お父さんにも謝らないと。」
「そうだね。家はここからそんなに遠くないよ。早く帰ろう。」
妹の後について少し歩いていくと、確かに知っている風景の場所へ辿り着いた。
普段あまり行くことの無い方角へ流されただけで、それほど長い距離を流されたわけではなかったらしい。
妹がふと足を止めてこちらへ振り向いた。
「お兄ちゃん…脚は大丈夫?」
「あぁ。なんとか歩けているよ。それに、このくらいの傷ならすぐ治るさ。」
そっか、良かった。と安心そうに微笑むと、ふたたび彼女は歩き始める。
そうして、俺たちは遂に我が家へと辿り着いたのだった。
怒られるだろうなぁ…と思いながら、大きく息を吸って家の中へ入る。
そこでは、俺の親父がやはり鬼のような形相で待ち受けていた。
前へ大きく広げられた鋏は、まるで今にも俺を捻り潰さんとする勢いだ。
触覚は怒りでわなわなと震えている。
「えっと…父さん……。その……拾った殻のサイズが大きくて気持ち悪いからさ、とりあえず着替えてきていい?」
俺はそう言うと返事も待たず、脚の痛みも忘れてそそくさと自分の部屋へと向かおうとした。
が、その時。
「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!」
あまりにも腹の奥底へ強く響く怒号に、俺は為すすべもなく、その場で殻へ引き篭るしか無かった。
「ヤドカリの災難」
おしまい。