2022 03 25

いたたた………。

 

 

目が覚めると、そこは知らない砂浜だった。

 

 

…まだ、頭がズキズキと少し痛む。

 

 

いったい、俺はここで何を……?

 

 

何故こんなところに倒れていたのか、思い出せない。

 

 

どこか、別の岩場で遊んでいたはずだけど……。

 

 

そう思ってあたりを見回しているうち、夜風がびゅうと吹き抜け、俺のむき出しの背中を強く撫でた。

 

 

さむい!!

 

 

混乱していて気づかなかったが、よく見れば俺は裸じゃないか。

 

 

本当に何一つ身にまとっていない。

 

 

……………弱点も剥き出しである。

 

 

何か、身に纏うものを探さないと……。

 

 

とりあえず少し歩いてみようと思い立ち上がると、脚に強く痛みが走り、バランスを崩してふたたび倒れ込んでしまった。

 

 

見ると、大きな傷ができている。

 

 

これも覚えていないが、岩か何かに強くぶつけてしまったのだろう…。

 

 

意を決して、もう一度立ち上がる。

 

 

別の脚でうまく庇えば、歩けないことはない。

 

 

 

……向こうの砂浜に、ぼんやりと明かりが見える。

 

 

仕方ない。

 

 

ひとまず、そこまで歩いていこうか。

 

 

誰か知っているヤツに会いたい。

 

 

なんとかして家に帰らなくては。

 

 

家族が心配しているに違いない。

 

 

…砂浜には動物の気配はなく、波の音だけが強く響いていた。

 

 

今日は少し波が高い。

 

 

波間にときおり跳ね上がる水しぶきが、月の光を浴びて妖精のようにきらめく。

 

 

…しばらく歩き、なんとか明かりの元まで近づいてきた。

 

 

数人の人間が、バーベキューをしている。

 

 

こちらからは火の明かりで顔が見えるが、その中には当然、知っているヤツなどいなかった。

 

 

ダメか……。

 

 

こちらはいま裸だから、近づくのはとても危険だ。

 

 

見つからないうちに早く逃げよう。

 

 

俺はアテもなく、ふたたび砂浜を歩き出す。

 

 

そうこうしているうちに、幸運にもあるものを見つけることができた。

 

 

そこに忘れていったのか、もしくは捨てていったのか。

 

 

探し求めていたものが、そっくりそのまま落ちていたのだ。

 

 

お世辞にも綺麗とは言えないが、裸よりマシだ。

 

 

早速拝借して、身に纏う。

 

 

よし、これで寒くないし、何より恥ずかしくないな。

 

 

その時、少し遠くから自分を呼ぶ声がした。

 

 

ハッとして、急いで声の方向へと向かう。

 

 

聞き馴染みのある声だ。

 

 

やっと知っているヤツに会える…!

 

 

最初は暗闇の中でぼんやりとしていたその姿も、近づくにつれて段々と輪郭がはっきりしていく。

 

 

小さな体格だが長い脚、大きくてつぶらな目。

 

 

それは見間違えるはずもなく、俺の自慢の妹だった。

 

 

「妹よ!俺はここにいるぞ!」

 

 

こちらに気づいた彼女が、今にも泣き出しそうな表情をしながら駆け寄ってくる。

 

 

「お兄ちゃん…!!良かった…!」

 

 

「ごめんな。心配かけちゃっただろ。」

 

 

必死にこちらのことを探してくれたのか、少し息が荒い。

 

 

「ホントだよ!いきなり居なくなっちゃうんだから!」

 

 

そうだ。俺には確認しないといけないことがあったな。

 

 

「すまないな。ところで何故、俺は1人で砂浜なんかに倒れていたんだ?頭がぼーっとしていて、上手く思い出せないんだ。」

 

 

すると妹は、少し怒ったような素振りでこちらを向き直す。

 

 

「お兄ちゃんたら、この波の強い日に岩場の方へ1人で遊びに行っちゃったんだよ!あそこはお父さんにも入るなって言われてたところなのに!」

 

 

そうか……。

 

 

俺はそんなことを……。

 

 

どうやら、父の言いつけを守らなかったバチがあたったらしい。

 

 

波に攫われて岩場から海へ落ち、海水に揉まれながらあの砂浜へ流れ着いたということだろう。

 

 

「ありがとう。状況は分かったよ…。まぁとにかく家へ帰ろうか。お父さんにも謝らないと。」

 

 

「そうだね。家はここからそんなに遠くないよ。早く帰ろう。」

 

 

妹の後について少し歩いていくと、確かに知っている風景の場所へ辿り着いた。

 

 

普段あまり行くことの無い方角へ流されただけで、それほど長い距離を流されたわけではなかったらしい。

 

 

妹がふと足を止めてこちらへ振り向いた。

 

 

「お兄ちゃん…脚は大丈夫?」

 

 

「あぁ。なんとか歩けているよ。それに、このくらいの傷ならすぐ治るさ。」

 

 

そっか、良かった。と安心そうに微笑むと、ふたたび彼女は歩き始める。

 

 

そうして、俺たちは遂に我が家へと辿り着いたのだった。

 

 

怒られるだろうなぁ…と思いながら、大きく息を吸って家の中へ入る。

 

 

そこでは、俺の親父がやはり鬼のような形相で待ち受けていた。

 

 

前へ大きく広げられた鋏は、まるで今にも俺を捻り潰さんとする勢いだ。

 

 

触覚は怒りでわなわなと震えている。

 

 

「えっと…父さん……。その……拾った殻のサイズが大きくて気持ち悪いからさ、とりあえず着替えてきていい?」

 

 

俺はそう言うと返事も待たず、脚の痛みも忘れてそそくさと自分の部屋へと向かおうとした。

 

 

が、その時。

 

 

「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!」

 

 

あまりにも腹の奥底へ強く響く怒号に、俺は為すすべもなく、その場で殻へ引き篭るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤドカリの災難」

おしまい。